2023年08月14日

雲辺寺を下った麓にあった白藤大師堂!

今、観音寺市粟井町奥谷に白藤大師堂が
あります。





でも元は雲辺寺を下った麓にありました。



今は竹藪になっていて、
ここにあったことさえわかりません。

なぜ移動したのか、
明治34年に雲辺寺ヶ原が
善通寺の陸軍第11師団の山砲射撃場と
なりました。
元の白藤大師堂あたりが着弾地点となり、
そのために移動を余儀なくされました。

雲辺寺ロープウェイの下には、
着弾を見るための監的所が
今でも残っています。



『四国遍礼名所図絵』(寛政12年 1800)には、
「庵 山の中程にあり、行暮の節は宿をかす、
甚だ美麗なり」とあり、
江戸時代から、遍路宿、休憩所となって
いたことがわかります。

徳島側の「松寿庵」と同じように
山の麓にはこういった庵が
あった可能性があります。

地域には、色々な歴史があり、
しっかりと記憶や記録として
残していかなければなりません。

  


Posted by へんろ資料館館長 at 07:02Comments(1)