2025年05月20日
善通寺市吉原町大池沿いの遍路道!
第71番弥谷寺からの遍路道は、
三豊市から善通寺市吉原町に入り、
上池の堤防から大池際を抜け、
打ちっぱなしの鳥坂ゴルフ場の横を通り、
※この辺りは明確な遍路道がなく、ゴルフ場の駐車場を横切るので、
通らない方がいいと思います。
七佛薬師堂の前、そして国道11号線を横切り、第72番曼荼羅寺へと向かう。

この大池際には、中務茂兵衛の道標があり、

(正面)左指指し指印 弥谷寺道
(右面)八拾八遍目為供養/周防國大嶋郡椋埜村/行者 中司茂兵衛建之
(左面)明治十九年三月吉良日/伊勢國幸名南魚甼/願主 安井仁平
とある。

中務茂兵衛が道標の造立を開始する初期のものである。
ここを過ぎると、七佛薬師堂に着く。

七佛薬師堂は、弘法大師御作の七佛薬師如来と言われ、
五穀豊穣と疫病退散を祈願されたといわれている。
その後、参拝すると母乳がよく出ると伝えられ、
「乳薬師」として親しまれてきた。
ここを過ぎると国道11号線に出て、
そこに少し小振りの中務茂兵衛の道標がある。

この道標にも「左 弥谷寺」と刻まれている。
中務茂兵衛は、明治19年、88度目あたりから
道標の造立を開始するようであるが、
この大池近くには、その道標が二基あり、
まだ、巨大化(定型化)していない道標があるので、
一度は見ておきたい道標です。
ただ、大池際の遍路道は草刈りなどが出来ておらず、
また、道も細く、危険です。
安全に、安心して進む場合は、
上池と大池の間の道をまっすぐ行って、
国道11号線に出てください。
三豊市から善通寺市吉原町に入り、
上池の堤防から大池際を抜け、
打ちっぱなしの鳥坂ゴルフ場の横を通り、
※この辺りは明確な遍路道がなく、ゴルフ場の駐車場を横切るので、
通らない方がいいと思います。
七佛薬師堂の前、そして国道11号線を横切り、第72番曼荼羅寺へと向かう。
この大池際には、中務茂兵衛の道標があり、
(正面)左指指し指印 弥谷寺道
(右面)八拾八遍目為供養/周防國大嶋郡椋埜村/行者 中司茂兵衛建之
(左面)明治十九年三月吉良日/伊勢國幸名南魚甼/願主 安井仁平
とある。
中務茂兵衛が道標の造立を開始する初期のものである。
ここを過ぎると、七佛薬師堂に着く。
七佛薬師堂は、弘法大師御作の七佛薬師如来と言われ、
五穀豊穣と疫病退散を祈願されたといわれている。
その後、参拝すると母乳がよく出ると伝えられ、
「乳薬師」として親しまれてきた。
ここを過ぎると国道11号線に出て、
そこに少し小振りの中務茂兵衛の道標がある。
この道標にも「左 弥谷寺」と刻まれている。
中務茂兵衛は、明治19年、88度目あたりから
道標の造立を開始するようであるが、
この大池近くには、その道標が二基あり、
まだ、巨大化(定型化)していない道標があるので、
一度は見ておきたい道標です。
ただ、大池際の遍路道は草刈りなどが出来ておらず、
また、道も細く、危険です。
安全に、安心して進む場合は、
上池と大池の間の道をまっすぐ行って、
国道11号線に出てください。
Posted by へんろ資料館館長 at
09:45
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2025年05月19日
無事、へんろ道を歩こう!~長尾寺道編~が終了しました。
昨日、5月18日(日)に、
へんろ資料館のへんろ道を歩こう、
長尾寺道を歩くイベントが無事に終了しました。

9:00にさぬき市志度庁舎に集まり、
注意事項の説明や準備運動をして、出発しました。
途中、志度寺奥の院の地蔵寺、

志度寺、

そして、主に県道3号線を、途中旧道に入りながら
長尾寺に向かって歩きました。


長尾寺の奥の院、玉泉寺では藤の下で
説明を聞きました。
昼食は溜うどんの無料休憩所、
広瀬橋を渡り、へんろ橋を渡り、
そして長尾寺です。

14:00に長尾寺に到着しました。
志度寺から長尾寺までには、
大師堂や長行庵、中務茂兵衛の道標、遍路墓など、
遍路関係のものがかなりあります。
楽しく歩け、遍路の体験ができる約7㎞の遍路道です。
継続して来年度も行いますので、
興味のある方は参加してください。
へんろ資料館のへんろ道を歩こう、
長尾寺道を歩くイベントが無事に終了しました。
9:00にさぬき市志度庁舎に集まり、
注意事項の説明や準備運動をして、出発しました。
途中、志度寺奥の院の地蔵寺、
志度寺、
そして、主に県道3号線を、途中旧道に入りながら
長尾寺に向かって歩きました。
長尾寺の奥の院、玉泉寺では藤の下で
説明を聞きました。
昼食は溜うどんの無料休憩所、
広瀬橋を渡り、へんろ橋を渡り、
そして長尾寺です。
14:00に長尾寺に到着しました。
志度寺から長尾寺までには、
大師堂や長行庵、中務茂兵衛の道標、遍路墓など、
遍路関係のものがかなりあります。
楽しく歩け、遍路の体験ができる約7㎞の遍路道です。
継続して来年度も行いますので、
興味のある方は参加してください。
Posted by へんろ資料館館長 at
18:00
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2025年05月06日
令和7年度の特別展示決定!
へんろ資料館では、
毎年、
地域の団体である前山地区いきいき事業協議会が
行っている「空海セミナー」、
昨年度は「おへんろ交流サロン開館25周年記念」に合わせて、
地域との連携事業として、特別展示を行っています。
今年の空海セミナーはどうも6月頃に開催するようで、
へんろ資料館でもそれに合わせて、
さぬき市長尾西と前山の境にある高地蔵で
行われている「流水潅頂」の
展示を行うことを決めました。

この流水潅頂は江戸時代の終わり、
文久元年(1861)に始まったと云われ、
高地蔵を本尊として、本尊前の中央に
地蔵菩薩、左右に真言八祖の掛軸を掛け、
花・果物などのお供え物をして、
導師を宝蔵院極楽寺の住職が読経して、
執り行われます。
今年も、3月13日に行われました。
読経が終わると、参拝者は川の水を
6基の卒塔婆にかけ、行き倒れたお遍路さんや
各村で鬼籍に入った霊を弔うのです。

現在、長尾名を中心に保存会が作られ、
流水灌頂法要が執り行われています。
ちょうど高地蔵のある場所は遍路道沿いで、
結願所である88番大窪寺を前に
行き倒れたお遍路さんの霊を地域で
弔う流水灌頂法要、
次世代に残していきたい文化です。
毎年、
地域の団体である前山地区いきいき事業協議会が
行っている「空海セミナー」、
昨年度は「おへんろ交流サロン開館25周年記念」に合わせて、
地域との連携事業として、特別展示を行っています。
今年の空海セミナーはどうも6月頃に開催するようで、
へんろ資料館でもそれに合わせて、
さぬき市長尾西と前山の境にある高地蔵で
行われている「流水潅頂」の
展示を行うことを決めました。
この流水潅頂は江戸時代の終わり、
文久元年(1861)に始まったと云われ、
高地蔵を本尊として、本尊前の中央に
地蔵菩薩、左右に真言八祖の掛軸を掛け、
花・果物などのお供え物をして、
導師を宝蔵院極楽寺の住職が読経して、
執り行われます。
今年も、3月13日に行われました。
読経が終わると、参拝者は川の水を
6基の卒塔婆にかけ、行き倒れたお遍路さんや
各村で鬼籍に入った霊を弔うのです。
現在、長尾名を中心に保存会が作られ、
流水灌頂法要が執り行われています。
ちょうど高地蔵のある場所は遍路道沿いで、
結願所である88番大窪寺を前に
行き倒れたお遍路さんの霊を地域で
弔う流水灌頂法要、
次世代に残していきたい文化です。
Posted by へんろ資料館館長 at
13:26
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2025年05月05日
善通寺市吉原下所の三叉路の茂兵衛道標!
今日、久しぶりに善通寺市吉原下所の三叉路にあった
中務茂兵衛の道標をみると、
県道の拡幅が行われ、
歩道に移設されていました。

撮影日 2025.0505(撮影方向 西(曼荼羅寺)から東(甲山寺))

撮影日 2009.04.10(撮影方向 西(曼荼羅寺)から東(甲山寺))

撮影日 2013.05.22(撮影方向 東(甲山寺)から西(曼荼羅寺))
この写真を見ると正面に左指差し指印が確認できる。
現在は、南側から北側を向いたときに正面に
左指差し指印がある。
県道の拡幅に伴い、道沿いの道標を
廃棄もせず、ちゃんと保護し、移設してくれたことには
感謝するが、ちょっと納得いかない。
当時は下1/3程度が埋まっていたことから、
全ての文字が読めませんでしたが、
今日、確認したら、
全て読みやすく移設されており、
(正面)
左指差し指印、曼荼羅寺、出釈迦寺、弥谷寺が並び、
二百四十一度目 為作善建之
周防國大島郡椋野村住
施主 中務茂兵衛義教
(右面)
伊豫國三角寺金光山奥の院
本尊厄除大師は御直作之尊像にして、毎夜開帳あり
四国巡拝之輩は参詣して御縁を結び、
現當二世の利益を受べし
中務義教
(左面)
明治四十四年十月吉辰建之
大坂市北区曽根中二丁目
願主 井上伊三郎
多田
(裏面)
再度確認
今日は時間がなかったので、ざっと読みましたが、
再度確認に行く予定です。
ただ、なぜ曼荼羅寺、出釈迦寺、弥谷寺を指さすのか?
右面の伊豫の三角寺奥の院は、四国中央市新宮町馬立にある
四国別格二十霊場の第十三番仙龍寺で、山号が金光山、
本尊が弘法大師(厄除大師)であることから、
右面は仙龍寺のことですが、
なぜ仙龍寺のことを書いているのか?
2007年から2025まで四国遍路に係っていますが、
まだまだ解らないことばかり。
後、2年で20年。
中務茂兵衛の道標をみると、
県道の拡幅が行われ、
歩道に移設されていました。
撮影日 2025.0505(撮影方向 西(曼荼羅寺)から東(甲山寺))
撮影日 2009.04.10(撮影方向 西(曼荼羅寺)から東(甲山寺))

撮影日 2013.05.22(撮影方向 東(甲山寺)から西(曼荼羅寺))
この写真を見ると正面に左指差し指印が確認できる。
現在は、南側から北側を向いたときに正面に
左指差し指印がある。
県道の拡幅に伴い、道沿いの道標を
廃棄もせず、ちゃんと保護し、移設してくれたことには
感謝するが、ちょっと納得いかない。
当時は下1/3程度が埋まっていたことから、
全ての文字が読めませんでしたが、
今日、確認したら、
全て読みやすく移設されており、
(正面)
左指差し指印、曼荼羅寺、出釈迦寺、弥谷寺が並び、
二百四十一度目 為作善建之
周防國大島郡椋野村住
施主 中務茂兵衛義教
(右面)
伊豫國三角寺金光山奥の院
本尊厄除大師は御直作之尊像にして、毎夜開帳あり
四国巡拝之輩は参詣して御縁を結び、
現當二世の利益を受べし
中務義教
(左面)
明治四十四年十月吉辰建之
大坂市北区曽根中二丁目
願主 井上伊三郎
多田
(裏面)
再度確認
今日は時間がなかったので、ざっと読みましたが、
再度確認に行く予定です。
ただ、なぜ曼荼羅寺、出釈迦寺、弥谷寺を指さすのか?
右面の伊豫の三角寺奥の院は、四国中央市新宮町馬立にある
四国別格二十霊場の第十三番仙龍寺で、山号が金光山、
本尊が弘法大師(厄除大師)であることから、
右面は仙龍寺のことですが、
なぜ仙龍寺のことを書いているのか?
2007年から2025まで四国遍路に係っていますが、
まだまだ解らないことばかり。
後、2年で20年。
Posted by へんろ資料館館長 at
20:00
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2025年05月03日
建治寺に行ってきました。
4月末の休みの日に
徳島市入田町金治の西龍王山にある
建治寺(こんじじ)に行ってきました。
県道から細道を20~30分くらい登って
やっとたどり着くような険しい山の岩肌にあります。

建治寺は第13番札所大日寺の奥の院と言われている寺で、
西龍王山の岸壁にある寺です。

天智天皇の時代に役小角が開基し、
弘仁年間に空海が四国巡礼をしている際に
本寺を訪れ、修行したと云われています。
本尊は金剛蔵王権現です。
お参りを済ませ、納経をしてもらったら、
朱印を押す際に本尊の真言(おそらく)を
唱えながら、また金剛蔵王権現の御影を
渡してくれる際にも、真言を唱えていました。
これまでのお寺ではこのようなことはなく、
新鮮でした。
また、納経料も300円でした。
境内は静かで、太い木の紅葉の新緑が気持ちよく、
秋にも来たいと思ったお寺です。

徳島市入田町金治の西龍王山にある
建治寺(こんじじ)に行ってきました。
県道から細道を20~30分くらい登って
やっとたどり着くような険しい山の岩肌にあります。
建治寺は第13番札所大日寺の奥の院と言われている寺で、
西龍王山の岸壁にある寺です。
天智天皇の時代に役小角が開基し、
弘仁年間に空海が四国巡礼をしている際に
本寺を訪れ、修行したと云われています。
本尊は金剛蔵王権現です。
お参りを済ませ、納経をしてもらったら、
朱印を押す際に本尊の真言(おそらく)を
唱えながら、また金剛蔵王権現の御影を
渡してくれる際にも、真言を唱えていました。
これまでのお寺ではこのようなことはなく、
新鮮でした。
また、納経料も300円でした。
境内は静かで、太い木の紅葉の新緑が気持ちよく、
秋にも来たいと思ったお寺です。
Posted by へんろ資料館館長 at
15:26
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2025年04月29日
照蓮道標の不思議!
昨日、県内4例目の照蓮道標について書きました。
今日は、照蓮道標の不思議としたのは、
通常、道標などの石造物には、
願主・・・発起人(真念、照蓮、徳右衛門、中務茂兵衛など)
施主・・・スポンサー、寄附者(主として地元の人)
世話人・・・建立にお世話をした人(主として地元の人)
などが刻まれていることが多いのですが、
県内(観音寺市)の照蓮道標をみると、
願主は「照蓮」という僧、
施主は「阿刕佐古町 佛餉[月掛]講中」や
「安宅大工嶋 佛餉月掛講中」、「出來嶌」と徳島市内の
地名が刻まれていること、
世話人は「徳島講中」であること
施主も世話人も徳島の地名や講中が
行っているのです。
なぜ、という疑問が浮かびます。
照蓮の道標は徳島県内に70数基確認されており、
徳島県の僧ではないかと云われています。
また、観音寺市だけにあるのは、
県内の真念道標も観音寺市に5基と多いこと、
「真念再建願主照蓮」とあるように
照蓮は、真念の意志を継いでいることを表明していること
など、何か観音寺市と関係があるように思います。

道標に刻まれた弘法大師坐像
今日は、照蓮道標の不思議としたのは、
通常、道標などの石造物には、
願主・・・発起人(真念、照蓮、徳右衛門、中務茂兵衛など)
施主・・・スポンサー、寄附者(主として地元の人)
世話人・・・建立にお世話をした人(主として地元の人)
などが刻まれていることが多いのですが、
県内(観音寺市)の照蓮道標をみると、
願主は「照蓮」という僧、
施主は「阿刕佐古町 佛餉[月掛]講中」や
「安宅大工嶋 佛餉月掛講中」、「出來嶌」と徳島市内の
地名が刻まれていること、
世話人は「徳島講中」であること
施主も世話人も徳島の地名や講中が
行っているのです。
なぜ、という疑問が浮かびます。
照蓮の道標は徳島県内に70数基確認されており、
徳島県の僧ではないかと云われています。
また、観音寺市だけにあるのは、
県内の真念道標も観音寺市に5基と多いこと、
「真念再建願主照蓮」とあるように
照蓮は、真念の意志を継いでいることを表明していること
など、何か観音寺市と関係があるように思います。
道標に刻まれた弘法大師坐像
Posted by へんろ資料館館長 at
09:28
│Comments(0)
2025年04月28日
県内4例目の照蓮道標!
先日、観音寺市の方から照蓮の道標が新に見つかったとの
情報をもらいました。
これまで照蓮の道標は、県内で3例確認しており、
照蓮の道標であれば、4例目となります。
今日、確認したのは観音寺市大野原町の
観音寺市大野原支所の東にありました。

正面に「右差し指印 弘法大師坐像 阿刕佐古町/
四國中千躰大師/佛餉講中」、
右面に「文化六巳天/真念再建願主照蓮/世話人徳島講中」
とありました。

横になりました。
照蓮の道標で間違いありません。
これまで県内で見つかっているのは、
第68番神恵院への遍路道沿いの
観音寺市池之尻町の池の堤、
観音寺市の街中、
それと第69番観音寺から第70番本山寺への
遍路道沿い(財田川沿い)の3基と
全て観音寺市です。
ただ、4例目の照蓮道標は、
遍路道からかなり離れており、
どういう経緯でここにあるのかは不明です。
情報をもらいました。
これまで照蓮の道標は、県内で3例確認しており、
照蓮の道標であれば、4例目となります。
今日、確認したのは観音寺市大野原町の
観音寺市大野原支所の東にありました。
正面に「右差し指印 弘法大師坐像 阿刕佐古町/
四國中千躰大師/佛餉講中」、
右面に「文化六巳天/真念再建願主照蓮/世話人徳島講中」
とありました。
横になりました。
照蓮の道標で間違いありません。
これまで県内で見つかっているのは、
第68番神恵院への遍路道沿いの
観音寺市池之尻町の池の堤、
観音寺市の街中、
それと第69番観音寺から第70番本山寺への
遍路道沿い(財田川沿い)の3基と
全て観音寺市です。
ただ、4例目の照蓮道標は、
遍路道からかなり離れており、
どういう経緯でここにあるのかは不明です。
Posted by へんろ資料館館長 at
17:29
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2025年04月26日
新緑の季節の遍路道歩き!
前回、へんろ資料館のへんろ道を歩こうイベント、
長尾寺道編を募集したら、たくさんの方から
応募があり、何人かの方には、
お断りをしました。大変申し訳なく思っています。
たくさんの応募ありがとうございました。
今、遍路道は、新緑に包まれ、
フジがいたるところで咲いています。


歩くと日差しがきつく、ちょっと汗ばむ時期になってきていますが、
歩くと気持ちのいい季節でもあります。
大窪寺の大師堂の前にあるフジ棚も、
淡い紫色のフジは今からですが、白色のフジは満開となっています。
この連休中が見ごろでしょうか。


赤や白色のボタンも咲きだしています。

へんろ資料館から大窪寺へは約3~4時間くらい、
へんろ道を歩く起点、駐車場として、
帰りはコミュニティーバスで、
車で大窪寺へ行く時は、途中にあるへんろ資料館にもお寄りください。
長尾寺道編を募集したら、たくさんの方から
応募があり、何人かの方には、
お断りをしました。大変申し訳なく思っています。
たくさんの応募ありがとうございました。
今、遍路道は、新緑に包まれ、
フジがいたるところで咲いています。
歩くと日差しがきつく、ちょっと汗ばむ時期になってきていますが、
歩くと気持ちのいい季節でもあります。
大窪寺の大師堂の前にあるフジ棚も、
淡い紫色のフジは今からですが、白色のフジは満開となっています。
この連休中が見ごろでしょうか。
赤や白色のボタンも咲きだしています。
へんろ資料館から大窪寺へは約3~4時間くらい、
へんろ道を歩く起点、駐車場として、
帰りはコミュニティーバスで、
車で大窪寺へ行く時は、途中にあるへんろ資料館にもお寄りください。
Posted by へんろ資料館館長 at
13:38
│Comments(0)
2025年04月11日
へんろ道を歩こう!~長尾寺道編~の募集を開始します。
今年も「へんろ道を歩こう!」のイベントを行います。
今年度は
新たに第86番札所志度寺から第87番札所長尾寺間の「長尾寺道」と
第87番札所長尾寺から三木町鹿庭経由額峠間の「大窪寺道Ⅱ」を
追加して、
これまでの
へんろ資料館から第88番札所大窪寺間の「大窪寺道」を含めて、
3回実施します。
今回は第一段として「長尾寺道」を歩きます。

開催日は、5月18日(日)で、
朝9:00にさぬき市役所志度庁舎前の駐車場集合です。
駐車場を出発して、地蔵寺、志度寺、玉泉寺などに立ち寄り、
遍路道沿いの道標や遍路墓などを説明しながら、
長尾寺には14:00に到着予定です。
詳細は、直接へんろ資料館職員にお聞きください。
電話・FAX 0879-52-0208
申し込みは、へんろ資料館に電話かFAXで、
住所、氏名、連絡先を申し込んでください。
申し込み締め切りは、5月11日です。
定員は10名で、定員に達した時点で、
募集は打ち切ります。
これ以外にも、今年度も新たな取り組みを
行いますので、ご期待ください。
今年度は
新たに第86番札所志度寺から第87番札所長尾寺間の「長尾寺道」と
第87番札所長尾寺から三木町鹿庭経由額峠間の「大窪寺道Ⅱ」を
追加して、
これまでの
へんろ資料館から第88番札所大窪寺間の「大窪寺道」を含めて、
3回実施します。
今回は第一段として「長尾寺道」を歩きます。
開催日は、5月18日(日)で、
朝9:00にさぬき市役所志度庁舎前の駐車場集合です。
駐車場を出発して、地蔵寺、志度寺、玉泉寺などに立ち寄り、
遍路道沿いの道標や遍路墓などを説明しながら、
長尾寺には14:00に到着予定です。
詳細は、直接へんろ資料館職員にお聞きください。
電話・FAX 0879-52-0208
申し込みは、へんろ資料館に電話かFAXで、
住所、氏名、連絡先を申し込んでください。
申し込み締め切りは、5月11日です。
定員は10名で、定員に達した時点で、
募集は打ち切ります。
これ以外にも、今年度も新たな取り組みを
行いますので、ご期待ください。
Posted by へんろ資料館館長 at
16:15
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2025年04月04日
新収蔵庫の上屋の建設が始まりました。
昨日の朝から上屋の建設が始まり、
夕方にはほぼ完成していました。

昨日上棟式も行われ、
5月31日の竣工に向けて、
壁、内装の工事が始まります。
へんろ資料館には、貴重な資料が
多くあり、それをしっかり次の世代に残していくための
収蔵庫で、へんろ資料館の機能を充実させていく
一歩と思っています。
今、周辺は桜が満開で、
お遍路さんも多くなっている季節に
なっています。

お花見がてら、新収蔵庫の建設を見に来てください。
夕方にはほぼ完成していました。
昨日上棟式も行われ、
5月31日の竣工に向けて、
壁、内装の工事が始まります。
へんろ資料館には、貴重な資料が
多くあり、それをしっかり次の世代に残していくための
収蔵庫で、へんろ資料館の機能を充実させていく
一歩と思っています。
今、周辺は桜が満開で、
お遍路さんも多くなっている季節に
なっています。
お花見がてら、新収蔵庫の建設を見に来てください。
Posted by へんろ資料館館長 at
08:49
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