2025年05月05日

善通寺市吉原下所の三叉路の茂兵衛道標!

今日、久しぶりに善通寺市吉原下所の三叉路にあった
中務茂兵衛の道標をみると、
県道の拡幅が行われ、
歩道に移設されていました。

善通寺市吉原下所の三叉路の茂兵衛道標!
撮影日 2025.0505(撮影方向 西(曼荼羅寺)から東(甲山寺))

善通寺市吉原下所の三叉路の茂兵衛道標!
撮影日 2009.04.10(撮影方向 西(曼荼羅寺)から東(甲山寺))

善通寺市吉原下所の三叉路の茂兵衛道標!
撮影日 2013.05.22(撮影方向 東(甲山寺)から西(曼荼羅寺))
この写真を見ると正面に左指差し指印が確認できる。
現在は、南側から北側を向いたときに正面に
左指差し指印がある。
県道の拡幅に伴い、道沿いの道標を
廃棄もせず、ちゃんと保護し、移設してくれたことには
感謝するが、ちょっと納得いかない。

当時は下1/3程度が埋まっていたことから、
全ての文字が読めませんでしたが、
今日、確認したら、
全て読みやすく移設されており、
(正面)
左指差し指印、曼荼羅寺、出釈迦寺、弥谷寺が並び、
二百四十一度目 為作善建之
周防國大島郡椋野村住
施主 中務茂兵衛義教

(右面)
伊豫國三角寺金光山奥の院
本尊厄除大師は御直作之尊像にして、毎夜開帳あり
四国巡拝之輩は参詣して御縁を結び、
現當二世の利益を受べし
中務義教

(左面)
明治四十四年十月吉辰建之
大坂市北区曽根中二丁目
願主 井上伊三郎
    多田

(裏面)
再度確認

今日は時間がなかったので、ざっと読みましたが、
再度確認に行く予定です。

ただ、なぜ曼荼羅寺、出釈迦寺、弥谷寺を指さすのか?
右面の伊豫の三角寺奥の院は、四国中央市新宮町馬立にある
四国別格二十霊場の第十三番仙龍寺で、山号が金光山、
本尊が弘法大師(厄除大師)であることから、
右面は仙龍寺のことですが、
なぜ仙龍寺のことを書いているのか?

2007年から2025まで四国遍路に係っていますが、
まだまだ解らないことばかり。
後、2年で20年。



Posted by へんろ資料館館長 at 20:00│Comments(0)
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